20130119

ココロダヨ


「どうしてこの人はお箸の練習をしていると思う?」

作業療法室を案内しながら,あるクライエントの前で立ち止まって,
突然その人は僕に質問した.

僕は一瞬言葉に詰まった.

「手指の巧緻性とか,手と目の協調とか…」
僕が取り繕うようにありきたりな言葉を並べようとすると,
その人は僕の言葉を遮るように言った.

「それはね,お箸で食べたいからだよ」

13年前,就職先を探して,見学をしていた時のことだった.

僕はその瞬間,この人に魅せられて,
その後予定していた別の病院の見学を全てキャンセルした.
「ここで働こう」一瞬で決断した.

その人は,僕が就職した当時の所属長,免許番号が二桁の人だった.
日本の作業療法の初期から作業療法を模索し,作り上げたひとりだった.

体系的に作業療法の構造を説明する人ではなかったけれど,
いつも作業療法は「心だよ」と言っていた.

最初は,その意味がよく理解できなかったけど.
今はその意味がとてもよくわかる.

その人は,今はとっくに退職していて.
僕は去年,数年ぶりにお酒を飲む機会があったんだけど.
その時に改めてどうしても聞いてみたいことがあって質問した.

「作業療法って何ですか」

昔は理解できなかったけれど,今聞けば理解できる言葉があるかもしれない.
そんな思いで質問した.

「心だよ」 その人の答えは昔と一言も変わらなかった.

いつも僕の心を動かしてくれた.
答えが鮮明にみえはしないけれど,
いつも先にある素晴らしい世界を予感させてくれた.
あの人のようになりたいといつも思っていた…

そのひとは,外来の患者さんがくると,
いつもコーヒーを入れて,長話をしていた.

患者さんは,まるでビタミン剤を投与されたかのように,
イキイキした表情で作業療法室を後にした.

そのセラピーに漠然と憧れていたけれど,
何をどう真似すれば良いか,そのときはよくわからなかった.

僕は…
まるで小さい子供が,憧れのヒーローになりきって公園で遊ぶように,
あの人への憧れを背負って臨床をしていたんだ.
あのひとのようになりたくて…

いつもあの人の言葉の意味を考えていた.
僕が動機付けられて,心を動かされて,
自然に勉強しようという気持ちになって,
答えに自分で辿りつけて…
あの人は僕に作業療法をしてくれたんだ.

僕の大切な作業である作業療法を
僕がもっと大切に思えるように…





「恋をすると,河原の石ころも宝石に見えるでしょう」
「患者さんにはそんなふうになってほしいのよね」



20130113

守破離



少し恥ずかしい話ですが,僕の指先はボロボロです.冬場は特にひどく,ずっと痛みとの戦いです.
クライエントと一緒に雪の中を歩いて買い物に行き,調理練習を行い,その後で温泉で入浴訓練をする…
作業に焦点を当てた実践を心がけていると,自然に指先はこうなります.毎日が痛みとの戦いですが,
臨床家でいるウチは,ずっとこんな手でいたいといつも思っています…



武芸の世界には,「守破離(しゅはり)」という言葉があります.
技術の習得のプロセスを表現した言葉です.

まず最初は,師匠から習った型を「守る」ことを何よりも重んじます.

型を習得したら,少しずつ自分なりのアレンジを加えて,型を「破り」
自分なりの型を作っていきます.

そして最後は,過去の型から解き放たれるように「離れ」て,自在の境地に
達するというのです.

つまり,はじめにしっかりと型を身につけることで,
はじめて高度な応用や豊かな個性の発揮が可能になるのです.

作業療法における「型」とは一体なんでしょうか.
評価や手技など,色々な階層において
「型」と呼べるものは存在するかもしれません.

しかし,実践における「型」とは,事例報告だと僕は考えています.

事例報告は,単なる経験のまとめではなく,
セラピストの思考を体系化するという大切な役割を担っています.

思えば学生時代,自分が教科書から学んだ知識を,
実習でどのように活かせばよいか,
僕は主体的に考えることができませんでした.

その時に僕がとった行動は,先輩のレポートやレジュメを
「真似る」ことでした.

自分の中に散在している知識を,先輩が作った「型」にはめ込んで,
自分がどのように知識を使うのかを学んでいったのです.

しかし当時は完全にボトムアップの時代でした.
ボトムアップの「型」で学んだ僕は,
ある時から「作業療法とは?」の問いに悩み続け,
今の自分の「型」を作るまでに,相当な年月を必要としました.

今,必要なのは,若い作業療法士が,より早い時期に,正しい「型」を
作ることができるような事例集だと思っています.

しかしながら,MOHOの事例集やAMPS事例集など,
一部を除いて,作業に焦点を当てた事例報告が充実しているとは
決して言い難い現状があります.










なければ作ればいいですね…今,作っています(笑)
今年の冬にはみなさんのお手元に届くと思います.

多くの学生さんや,若い作業療法士達が,
より早く自在の境地に達することができるように.


今年もよろしくお願いします. 
2013年1月13日 齋藤佑樹