20120226

学術誌「作業療法」





学術誌「作業療法」に研究論文が掲載されました.早速たくさんのご意見,ご感想をいただきまして本当にありがとうございます.頂いたご意見を参考にしながら更なる研鑽を続けて行こうと思います.僕個人としても初めての研究論文です.手元に届いたときは正直心が踊りました.ウチの妻は,近くにあるものを何でもナベ敷きに使う癖がありますので,この学術誌「作業療法」だけは絶対に死守したいと思います(笑)

掲載にあたり快く同意してくれたクライエントのAさんと御家族のみなさん.本当にありがとうございました.そして,震災で日常が不安に包まれる中,毎日丁寧に指導してくれた友利さん,東先生,ADOC projectのみなさん.本当にありがとうございました.






学術誌にも書きましたが,作業療法士の「作業に焦点を当てた実践への意思」は,「作業療法への違和感・不満・不安」「作業に焦点を当てた実践に関する知識」「作業に焦点を当てた実践の成功例の体験」が相互に関係し合って強化されるのだそうです.

私見としては,現状の作業療法に不安を感じ,一生懸命日々勉強しているけれど,なかなか自分の作業療法に自信がもてないでいる.そんな若いOTが多いのではないでしょうか?

やはり「作業に焦点を当てた実践の成功例の体験」が一番のネックであるように感じています.言い方を変えれば,それだけ成功例の体験はセラピストにとって追い風にもなるんだと思います.ADOCというツールを使用することで,作業に焦点を当てた実践の成功例をはやく体験して,たくさんのOTに作業に焦点を当てる実践に対する自信をもってほしい.そんな願いも僕たちは持っています.

また,ADOCはiPadやイラストを使用することから,無機質で機械的な印象があったり,クライエントの語りを制限してしまうのでは?というご意見を持たれる方も多いと思います.

確かにiPadのようなデバイスに苦手意識をもっている人は少なくないかもしれません.また,聞き方次第ではクライエントの語りを制限してしまうということもあるかもしれません.

しかし実際に多くのクライエントに使用してきた僕の経験からは,そのようなケースはありませんでした.クライエントの主観的遂行文脈を知り,大切な作業が可能になるよう支援したいという気持ちがあれば,イラストを手がかりにしながらも,色々な側面について会話は進んでいきます.

でもクライエントに安心して自分の人生や作業について語ってもらうためにも,操作に手こずらないように慣れておく必要はあるかもしれません(笑).






また,ADOCの特徴は,クライエントの意思決定への参加を促進するという部分です.OTは基本的に人とコミュニケーションを図ることが得意な人が多いと思います.クライエントと意思疎通を図る中で,クライエントの人生史に触れたり,大切な作業を知ることはあまり難しいことではないかもしれません.

しかし意思決定の共有という視点で考えると,また別の課題があると僕は考えています.これも学術誌の中で触れましたが,OTがクライエントと一緒に目標を決めたと思っていても,多くのクライエントは,自分の作業療法目標がわからず,意思決定には全く参加していないという認識をもっているのです.

コミュニケーションを図る過程で,OTはクライエントの作業に関心をもち目標を見いだしていくけれど,クライエントは自分の作業に焦点を当てることはせず,還元主義的思考やリハビリに対するイメージなどによって,機能回復や運動療法にしか関心が向いていないということがよくあります.

ADOCはICFの「活動・参加」の項目から抽出したイラストをヒントに面接を進めるため,クライエントが自分の作業に焦点を当てやすくなります.また,OTもイラストを選択するプロセスを設けているため,専門職の視点からしっかりと意見を伝えることができます.






マトリクス画面では,自分の人生や現在の状況などを統合して,作業療法における優先順位をつけたり,文脈の整理を行うことができます.PDFにプリントされた計画書は,自分の作業に焦点を当てた目標を可視化して確認できることに加えて,他職種や家族とも作業に焦点を当てた目標やクライエントの想いを共有することを促進します.

作業療法面接の目的は,クライエントの作業についての情報を「得る」「聞き取る」ことではありません.クライエント自身も自分の人生を作業の視点で振り返ること,価値観や信念などあらゆる要素を踏まえた意味での作業に関する情報の共有を図ること.専門職としての意見や伝えるべき情報を提供した上で,作業に焦点を当てた目標を立案しそれをクライエントと共有すること.これらの要素全てが大切です.

今回の研究論文について,みなさんからのたくさんのご意見,本当にありがとうございます.すべて真摯に受け止めて,より質の高い作業療法が実践できるよう,努力を重ねて行きたいと思います.






20120216

動機付けと環境


 作業行動パラダイムの中心概念は人間の動機付けである.その重要性ゆえに,ライリーの教え子達は早くからこの概念に取り組んできたし(Florey,1969),いまだに論議が続けられている(Bell,1975;Burke,1977;Sharrott&Cooper-Fraps,1986).動機付けは環境と切り離しては理解できないものである.

 フローリィ(1969)は作業療法には内発的動機付けが最も適切であると提起した.「内発的動機付けは,有能な行動を支える自立的行為に対する自己報酬に向かって形成される」(Florey,1969).活動それ自体の完成に対する満足感は内発的に動機付けらている.有能性が有能性を育てるがゆえに,フローリィ(1969)は子供や大人の有能性を育む環境条件を細かく記述した.

 児童期の遊びは内発的動機付けの発達にとってきわめて重大である.遊びにおける決定的な環境要因は,人間の存在と,慣れ親しんだ対象物の中での新奇な非人間的対象物の存在である.その環境は,探索や反復,有能な役割モデルの模倣を可能にし,空腹や恐れや痛みなどのストレスのないものでなければならない.年長の子供の環境は道具,生産性に役立つ指示,友達や,スポーツマンシップとクラフトマンシップを持つ大人のモデルと交流する機会を提供しなければならない.

 成人期では,内発的動機付けは達成と関係づけられる.課題はその人の能力の範囲内での挑戦を与えるものでなければならない.その環境は,結果に対して責任をとることを育て,また結果に対するフィードバックを示すものでなければならない.

 人によっては,優秀さの基準がある場合には競争が達成を育む(Bell,1975).それゆえ,競争的行動には,課題・自己・他者と関連づけた優秀さの基準が必要となる(Florey,1969;Bell,1975).ベル(Bell,1975)は競争が動機付けとなるような人を明らかにするために,危険を冒すことと競争との相関関係を用いた.

 ライリーの指導の下で書かれたバーク(Burke)の修士論文(Burke,1977)は,人間は周囲の環境と効果的に交流するよう動機付けられているとする,個人的原因帰属感(personal causation)という概念を,人間の動機付けを理解する手段として詳述したものであった.この内的動機づけは主に環境の変化を作り出すことに向けられる.現在の行動の効果に対するフィードバックが将来の行動の指標を提供する.このようにして,生活の無限の挑戦への適応が生じ,人間性が長らえるのである.

 バーク(1977)の4つの理論的説明が個人的原因帰属感の概念の根底となっている

1.成功は成功感をもたらし,それがさらに成功をもたらす.
2.自分を周囲の環境を統制しているとみている人は,積極的な行動を示す.
3.自分が障害に取り組む技能をもっているという信念は,統制感を生み出す.
4.価値意識は,自分自身の力を用いて自己の環境を変えることと結びついている.

 シャロット(Sharrott)とクーパーフラップス(Cooper-Fraps,1986)は,内発的動機付けの欠如と作業行動における機能障害とを結びつけ,そうした機能障害を規定するために,自己に対する満足度の欠如と社会に対する満足度の欠如という2つの基準を示した.このように,人は自己の作業役割から満足を引き出すことができなければ,機能障害となる.機能障害はまた,役割遂行が社会の基準に合致しない時にも生じる.

 ライリー(1966)はおそらく作業療法の分野で最初に環境の管理を声高に唱えた人であろう.彼女は1965年のアメリカ作業療法協会総会での講演で,「病院環境は,その環境にもかかわらずではなく,その環境ゆえに患者の日常生活技能を改善できる場でなければならず,そうあるべきこと,またこの同じ概念の発展的延長上に家庭や職場や学校があることを,我々はまず認識するべきである」(1966)と述べた.作業行動パラダイムに取り組んだ研究では環境的背景を避けて通ることは殆どできないが,ライリーの教え子の数人がこのテーマに直接取り組むことを選んだ.

 グレイ(Gray,1972)は,身辺処理,社会的・一般的あるいは特殊な仕事の技能といった日常生活(仕事ー遊び)の技能に否定的な影響を及ぼしかねない,病院環境の条件や実践も記述している.彼女はまた,時間,レジャー時間,意思決定能力の喪失に影響する治療をも述べている.引き合いに出された治療には,適切な役割モデルとなるべきスタッフの怠慢,特殊な技能領域における患者の評価の欠如,患者に病院場面内での技能の練習を促すことの欠如などがある.

 パレント(Parent,178)は,感覚および知覚剥奪と,固定や社会的孤立の影響に関する文献を検討した.ここで示された入院患者に対する剥奪や孤立の影響は,意味のある作業が入院患者の機能状態の維持にきわめて重要であるという作業療法の立場を支持するものである.

 クラビンス(Klavins,1977)は,作業療法における患者の行動に対する文化的影響の重要性を協調した.「文化は人間環境の一部として,生活を特徴づける特別なものなのである」(Klavins,1972).仕事ー遊びの行動はその人の属する文化的集団が持つ価値によって影響される.セラピストは,多様な文化的背景を持つ患者達の価値や信念の構造を知り,受け入れ,その中で働かなければならない.

 ダニング(Dunning,1972)は環境心理学の分野の研究を参考に,空間・人々・課題という環境の構成要素の分析を通して,環境研究のための分類体系を展開した.空間は,テリトリー,プライバシー,そしてその環境内の 混雑度や対象物という見地から分析される.社会的役割関係や社会的距離は民族の構成要素である.課題は,存在・入手性・好ましさ・実現可能性という点で,対象物や空間の利用可能性を通して分析される.ダニングは,特定の環境,変化の可能性,および変化に対する好みを示した格子を作成した.彼女は自分の分析法を精神科外来患者に応用した.

                             (引用文献:作業療法実践のための6つの理論ー理論の形成と発展)


 

焦点のズレ





人生において,何かを諦めたことが殆どない.
正確には,諦めたという認識がない.

実際には,数えきれないほどの諦めがあったと思う.
でも諦めたという認識がない.

長い時間の中で,沢山の作業を通した結びつきの中で,
何回もの価値観の転換や,自分の時間と場所を占領する作業の変化があった.

その度に新しい目標や目的が生まれて,挑戦や循環が更新された.
それは環境との「折り合い」と言い換えられるかもしれない.

折り合いとは,ある角度から見れば「適応」や「転換」であるし,
別の角度から見れば「諦め」なのかもしれない.

結局「諦め」とは認識の中でのみ成立しうるナラティブ.

ナラティブとは「物語」と「語り」の連鎖.
ネガティブな物語はネガティブな語りを生み出し,
ネガティブな語りがネガティブが物語を更に更新する.

多くのクライエントは,障害を経験して,
再び自己の循環を取り戻す過程において,
いくつかの作業の変更を余儀なくされる.

それは,作業形態の変更かもしれないし,作業自体の変更かもしれない.
大切なことは,そのプロセスがどのような「物語」としてクライエントの
認識の中で処理されるかどうか.

障害受容という言葉が昔から嫌いだった.
臨床でこの言葉を使用したことは一度もない.

自分と環境との関係性における自己の認識は,
オープンシステムとして常に可変的であるし,
「過去の自分」と「今の自分」との関係性における認識は,
「今の自分」の適応や実現や挑戦の下に可変的だ.

「受容できているかどうか?」という問い自体が,障害に焦点を当てている.
「乗り越えましょう!」という語りかけ自体が,障害に焦点を当てている.
「今は辛いけど,現実を受け止めて」という説得は,希望が体験として存在しない.

「諦め」なんて一生しなくていい.
「受容」なんて概念がもしも存在するならば,
それはおそらく一生できるはずがない.

障害者としての負の認識は,おそらく一生自分と並走する.
並走する負の認識の隣を走る「今の自分」がどうあるか?
それが大切.それが僕たちが焦点を当てるべき場所.

折り合いをつけるのは,クライエントの体験と認識.
体験が伴わない他者からの言葉じゃない.

夢のみずうみ村の「片手料理教室」の師範代である臼田喜久江さんは,
脳卒中発症直後,先生に向かってこう言った.

「先生,車椅子でまっすぐ走れるようにしてください.それだけで結構です.
それができたら私はあの窓までいって飛び降りますから」

現在の臼田さんは違う.

「私は,右手を掻くことはできませんが,それ以外に私ができないことは
何もありません.脳卒中になったから今の素晴らしい毎日があります.
私は脳卒中に感謝しています」

発症前と現在では,自分の時間と場所を占領する作業はその多くが
異なると思う.でも臼田さんは毎日をイキイキと過ごしている.

それは「諦め」でも「説得」でも「受容」でもなくて,
作業の可能化と結びつきの連続から生まれた体験と解釈の統合.










20120204

行為の諸次元





参加

 個人の社会文化的文脈の一部であり,個人の健全な状態にとって望まれた,或いは,
必要な仕事,遊び,日常生活活動の従事をさす.

・作業参加は個人的で,社会的に意味を持つ物事を行うことである.
・作業参加の領域には,人が行う関連する物事の一群が関わる.
・作業参加は,「遂行能力」,「習慣化」,「意思」,「環境の状態」へと集合的に
 影響を与えている.
・作業参加は個人的なもので,文脈的なものである.
・個人的要因と環境的要因の複雑な交流が,究極的には,人間生活における作業参加の
 完全なスペクトグラムを形成する.
・人が意思による選択ができ,適切な環境の支援があれば,遂行の制限は作業参加に影響
 を与えるかもしれないが,妨げるわけではない.

遂行

 作業形態を行うこと

・作業形態の遂行の大部分は,毎日のルーティンの一部である物事を含んでいるため,
 習慣化は遂行に大きな影響力を持っている.
・日常生活の経過の中で遂行する作業形態は,対象物や空間の利用を必要とし,また社会
 集団の中で生じるため,遂行は環境に大きく左右される.

技能

・人が遂行している間に用いる観察できる目標志向的な動作
・ある作業形態を行っている真っ最中になされる具体的動作のこと.

3つのタイプの技能

・運動技能:自分自身や課題対象物を動かすこと.
・処理技能:時間の中で動作を論理的に配列したり,適切な道具や対象物を選択し,
 使用する.問題に出会ったときに適応すること.
・コミュニケーションと交流技能:意図やニーズを伝達すること.他人と一緒に行為を
 行うために社会的に協調すること.

                                                 (引用文献:人間作業モデル第3版)