20101018

人生の欠片・・・




先日実家の自然の中で遊んでいると、里芋の葉が沢山生えていました。「トトロの傘だ~」と娘は大喜びでした。この姿を見たときに、僕もこの葉を下から眺めてみたいと思いました。娘を覆い隠す程大きなこの葉の下から、秋の日差しを葉に透かして感じてみました。

娘の喜ぶ姿にとても嬉しい気持ちになりました。でも僕は単に里芋の葉を見て娘が喜んでいたから嬉しい気持ちになったのではありません。一緒に下から覗き込み、鮮やかに日差しを透過する葉の色を共に眺めたこと。何度も何度もトトロのDVDを見て、あの空想の世界に釘付けになった娘を知っていること。色々な物を共有しているからこそ共感できた感情がそこにはあります。だからこそ茎を掴んで満面の笑みを浮かべた娘の気持ちが自分のことのように嬉しく感じました。

クライエントのストーリーを僕は知りたいです。数え切れないストーリーを紡ぎだし、そのストーリーの中を生きてきたクライエントが、その作業にどんな意味や価値を見出してきたのかを僕は知りたいです。それを知った上で作業を共有したいです。それを知った上で協業したいです。それを知った上で共に喜びたいです。

その人が行ってきた作業を知りたいと、作業療法士は言います。でもそれは、その人の人生を知ることと同義なのだということを改めて思いました。同義で使わなければいけない言葉なのだと思いました。

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